東京地方裁判所 平成10年(ワ)10753号 判決 1999年1月25日
埼玉県<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
本村俊学
東京都中央区<以下省略>
被告
光陽トラスト株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
淺井洋
主文
原告の主位的請求を棄却する。
被告は、原告に対し、金四二四万三九〇一円及びこれに対する平成一〇年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の予備的請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決は、原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告は、原告に対し、金二四〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
第二事案の概要
一 本件は、商品先物取引業者に先物取引を委託していた者が、当該業者の従業員が無断取引(買建玉)をし、これが債務不履行又は不法行為を構成すると主張した上、主位的請求として、右買建玉による計算を帰属させないで算定した金額の清算金の残金(二一〇〇万円)の右取引委託契約に基づく支払及び右買建玉がされた後の交渉等によって被ったとする損害(慰藉料一〇〇万円及び弁護士費用二〇〇万円)の賠償並びにこれらの金員に対する右清算金の弁済期の翌日からの民法所定の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的請求として、右買建玉による計算を帰属させて算定した金額の清算金の残金(四二四万三九〇一円)の右取引委託契約に基づく支払及び右買建玉による計算を帰属させられたことなどによる損害(右買建玉の決済による差損金等一六七五万六〇九九円、慰藉料一〇〇万円及び弁護士費用二〇〇万円)の賠償並びにこれらの金員に対する右清算金の弁済期の翌日からの民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めている事件である。
二 争いのない事実
1 被告(平成九年一一月一日付け変更前の商号は五菱商事株式会社であった。)は、関西商品取引所の取引員である。
2 原告は、被告との間において、平成七年九月一九日取引委託契約を締結し、以来関西商品取引所における関西輸入大豆の先物取引を委託してきた。
3 原告は、被告の担当者であった営業部課長B(以下「B」という。)に対し、平成九年五月一六日、その当時存した建玉の全部を成行で仕切るよう指示した。原告の建玉は、このとおり仕切られ、これによる清算金の額は、三七六三万五一九〇円となった。Bは、原告に対し、同月一九日この旨を報告した。
4 被告は、平成九年五月二一日原告の委託を受けたとして、原告の計算において二月限三〇〇枚、成立値段四万〇二六〇円の買取引(以下「本件取引」という。)をした。原告は、同日被告の管理部に電話を掛け、同部副部長C(以下「C」という。)と話し合った。
三 争点
本件の争点は、本件取引が原告の委託に基づくものであったかどうかの点にまず存する。
第三当裁判所の判断
一 争点について
1 前記第二の二の各事実に、甲第二、四、六、九号証、乙第一号証から第四号証まで、証人B及び同Cの各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認めるのが相当である。
(一) 原告とBは、平成九年五月一六日前示のとおり全部の建玉が決済されたことによる原告に対する清算金の支払の段取りについて話し合ったが、具体的なことは決まらなかった。
(二) Bは、原告に対し、同月二一日午後一時ころ電話を掛け、大豆の値が、従来原告が買建玉をしていた時期と比較して下がっていること、大豆は、生産地の大雨、低温から不作が予想され、ロシア共和国農相も穀物生産高の四〇パーセントの減少を発表したこと、大手取引員が二月限一〇〇〇枚の買付けをしたことなどを挙げて、買い場到来との見方を示した上、二月限での買建玉を勧めた。原告は、後刻連絡すると答え、Bは、後場第三節の取引の行われる午後三時までに連絡をしてもらいたいと頼み、原告も、これに応じた。
原告は、Bに対し、同日午後二時四〇分ころ電話を掛けた。Bは、大豆の相場は当限の値段はストップ高を付けたことなどを述べ、重ねて買建玉を勧め、五〇〇枚買うことを提案した。原告は、五〇〇枚となるとその時における清算金のうち利益金相当額を超える値段の建玉となり、枚数が大きすぎるとして躊躇を示した。そこで、Bは、三〇〇枚ならば右利益金相当額を超えないなどとして、二月限三〇〇枚の買建玉を持ち掛けた。
原告は、二月限三〇〇枚成行で買建玉を委託した(本件取引)。
Bは、原告に対し、同日午後四時三〇分ころ二月限三〇〇枚につき値段四万〇二六〇円で買い注文をしたことを電話で報告した。
以上のとおり認められる。
2 右1の認定に関し、原告は、Bの買建玉の勧誘は断ったが、同人が無断で本件取引をしたものであり、原告は、同人からの事後の連絡を受けた際直ちに抗議をした上、被告管理部等にも苦情を申し入れたなどの趣旨の主張をし、その供述記載(甲第四、九号証)及び尋問結果には、これに副う部分があるので、以下これらについてみる。
(一) 原告は、(1) 大豆相場は下げ基調にあるというのが当時の原告の見解であった、(2) Bが原告の取引を担当するようになったのは平成九年四月中旬のことであり、それ以後、原告は、前記第二の二1の手仕舞の指示をするまで取引をしていないから、一挙に三〇〇枚もの建玉をすることはあり得ない、(3) 原告とBらとは同年五月九日に面談したが、その後相場が大きく動いているにもかかわらず、同人からは長く連絡がなく、右手仕舞に係る値段の連絡もなかったので、原告は、Bを信用していなかったのであり、同人の勧めに従って新規の建玉をするはずはない、(4) 原告のそれまでの取引枚数は、ほとんどが三〇枚以下であり、一回に一〇〇枚を超える建玉をしたことはないのであり、三〇〇枚もの建玉は、過大であり、地方公共団体の職員である原告が個人としてこれを行うことはあり得ないなどとして、原告が本件取引に応ずるはずはない旨を主張するが、前記1(二)のとおり、Bは、それ相応の根拠を挙げて自己の相場観を述べ、枚数についても一応の根拠をもって勧誘をしたことが認められる(原告も、買付けを勧める根拠として、大手取引員が二月限一〇〇〇枚の買付けをした旨をBが述べたことは、甲第九号証の供述記載において自認している。)のであるから、そのような誘引に遭った原告としては、従来の経緯にかかわらず建玉を試みようと決意することがあっても、必ずしも異とすべきことではなく、右のような事情から、直ちに原告が本件取引に応ずるはずはないと考えられるものではない。
(二) 甲第五、六号証によれば、原告は、被告に対し、平成九年五月三〇日付けで、本件取引が被告の間違いであればそれに係る証拠金を返還してほしい、本件取引が間違いないのであれば、その決済を指示しているのであるから、その清算金として二三八六万三九〇一円を返還してほしい旨を記載した書簡を発するとともに、残高照合回答書にも同旨の記載をして返送したことが認められる。しかるところ、無断取引をされたことを知った委託者としては、真実それが無断取引である限りは、当該取引が自己の計算に帰属させられるのを拒否するほかはないはずであって、右認定のように、一方において本件取引に係る証拠金の返還を求めつつ、他方においてそれに係る建玉の決済処理を要請するなどは、無断取引をされ、これを争っている委託者の態度としては、不可解とされてもやむを得ないものである(原告は、本件取引の問題を相談した日本商品取引員協会の職員から、本件取引に係る建玉は利益が出ているので、早く決済して無断取引の問題を回避するよう助言されたと述べるが、かかる事実が仮にあったとしても、そのような助言を受けたからといって軽々に自己の主張を翻し、建玉を承認して決済を求めるという対応は、真に無断取引をされた委託者の態度としては、やはり一貫しないものと評価されても仕方がないところであろう。)。このような原告の対応は、本件取引を無断取引とするその主張及び供述とは両立し難いところとしてこれを看過することができない。
(三) 原告は、平成九年五月二一日のうちに被告管理部に電話を掛けて本件取引が無断であるとの抗議をしたと供述するとともに、委託者が、営業担当者でなく、管理部に連絡をするのは、異議や苦情の申出以外にあり得ないと主張する。しかしながら、この電話連絡を受けた証人Cは、その趣旨は本件取引が市場で執行されたかどうかの確認であったと述べており、委託者が取引員の営業担当以外の部署に連絡をすることが異議や苦情の申出以外にあり得ないと断ずる根拠は見出せない。このことに、原告は、実際に翌二二日全国商品取引所連合会に対し本件取引が市場で執行されたかどうかを照会していること(その本人尋問において自認するところである。)を併せ考えると、原告の右供述によって、前記第二の二4の被告管理部との電話連絡が無断取引に対する異議申出であったと直ちに認めることはできない。
(四) 原告は、Bの買付取引の勧誘に対しては、枚数の多寡にかかわらず初めから応ずるつもりがなかったと供述しながら、Bに対してはそのようには答えず、三〇〇枚では枚数が多すぎると言ったというのであり(本人尋問において自認している。)、なにゆえ枚数のいかんによらず買うつもりはない旨明確に返答しなかったのかについて首肯し得る説明もしていない。この点も、買付取引をする意思の全くない委託者の言辞としてはいささか合理性に欠け、右勧誘を拒絶し通したという原告の供述の信用性を減殺するものといわざるを得ない。
(五) 右のほか、原告は、日本商品取引員協会及び農林水産省食品流通局商業課検査官に対し本件取引が無断取引である旨の苦情を申し出たと述べるが、そのような事情によって直ちに本件取引が無断取引であると推認することはできない。
(六) 以上みたところに、証人B及び同Cの各供述記載(乙第三、四号証)及び証言並びに弁論の全趣旨を併せ考慮すると、原告本人の前示供述には、前記1の認定を左右するほどの信用性は肯認し難いものというべきである。
3 右1、2の判示によってみると、本件取引が無断取引であるとして、不法行為又は債務不履行の成立をいう原告の主張は採用することができないから、本訴主位的請求及び予備的請求中不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求はいずれも理由がないものである(原告は、平成九年五月二二日に本件取引に係る建玉の決済を指示したにもかかわらず、被告がこれに応じなかったと主張し、この点をも不法行為又は債務不履行というかのようでもある。しかしながら、原告本人の甲第四、九号証の供述記載及び尋問結果によっても、後記のとおり本件取引に係る建玉の売取引が処理された同月二六日以前に、本件取引自体に係る苦情や交渉の域を超えて、右決済をすべき旨を明確に指示したと解し得る言辞が原告にあったとは認めるに足りないから、右主張も採用し得ない。)。
二 清算金請求について
右一に判示したところによると、本件取引は、原告の委託に基づくものであるから、その計算に帰属することとなる。したがって、これを帰属させないことを前提とする本訴主位的請求は、清算金請求の部分についても、理由がないこととなる。
そして、甲第一一号証によれば、本件取引に係る建玉は、平成九年五月二六日値段三万八六三〇円で売建玉がされ、差引損は一六七五万六〇九九円となったことが認められる。この認定事実に、前記第二の二3の事実及び甲第一一号証を併せると、被告が原告に支払うべき清算金の額は、四二四万三九〇一円となる。原告は、清算金請求に係る訴えの追加的変更を申し立てる趣旨の平成一〇年一二月一〇日付け準備書面を同日の本件第五回口頭弁論期日において陳述し(記録上明らかである。)、もって右の支払を請求したものと解される(それ以前に請求のされたことを認めるべき的確な証拠はない。)ところ、原被告間の取引委託契約上清算金の弁済期は請求のされた日から起算して四営業日とされている(当事者間に争いがない。)から、右清算金の弁済期は、同月一五日であることとなる(清算金債務のような金銭債務の単なる履行遅滞においては弁護士費用に相当する金額は損害と認められないから、本訴予備的請求中弁護士費用に相当する損害の賠償請求は、それが清算金債務の不履行をも根拠とするものであったとしても、失当である。)。
第四結語
以上によれば、原告の本訴主位的請求は、その余の点についてみるまでもなく理由がないからこれを棄却し、本訴予備的請求は、清算金四二四万三九〇一円及びこれに対する前示の弁済期の翌日である平成一〇年一二月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこの限度においてこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとする。
(裁判官 長屋文裕)